春らしい陽気になり、散歩へ行くとたんぽぽが見つけられるようになってきました。
演奏家でもあり、音楽を教えて下さる鈴木先生がいらしてくださいました。
「ゆうやけこやけ」や「さくら」など昔からの日本の唄を奏でて下さいました。
日本人の奥ゆかしさを感じるお琴の調べに、元気な子どもたちもかしこまって、聴き入っていました。
子どもたちも初めての経験に少し緊張しながらも、お琴に触らせていただきました。
「わー綺麗な音!」
またいらして下さいね。
鈴木先生のお言葉
ゆめのもり保育園に来させて頂いて、ありがとうございます。
私は、このゆめのもり保育園に寄らせて頂くたびに、
「一人一人の子ども達の気持ちを大切にし、丁寧な保育をすることで、
その心を育てていくことのできる保育士のいる数少ない保育園」と感じています。
とかく、お行儀よく座って先生の弾く曲を黙って聴くことが音楽の姿と思われてしまいます。
でもそれは、音楽を楽しむことよりもお行儀よくすることが目的ではないでしょうか?
今回、私はゆめのもり保育園のみんなに「おこと=箏」の音を楽しんで、
また直接楽器に触ってもらおうと思い、寄らせて頂きました。
勿論、やたらと触ってもそこに美しさや楽しさは存在しないと思いますので、
「さくらさくら」や「夕焼け小焼け」、宮後道雄作曲「三つの遊びから まりつき」など、
小品を聴いたり、一緒に歌っってもらったりしましたが、その弾き方を見ていてもらって、
後は自由に箏に触れてもらいました。
調絃されたところを弾いて「きれい」と言って何度も楽しむ子、
調絃されていない方を弾いてみて、ニコニコしながら両手でジャカジャカして「なんかへん」と言って、
お友達と会話をしている子、お爪をはめてみてまた違った音を楽しむ子。
順番が待ち遠しくて涙の出てしまった子、柱を倒してしまってびっくりした子。
左手を使って低い音を揺らして「おばけの音」を楽しむ子。
出来上がった曲を楽しむだけでなく、自分で好きな音を出して「箏の音を楽しむ」ことを
していました。
子どもの世界は模倣から始まると言われます。
良い型があり、それをまず身に移すことは、とても大切なことです。
しかし、人間に決まった型はないのではないでしょうか。
一歩間違うと外見だけの真似っ子で、すぐ良い子が出来上がってしまいます。
本質をかくして、取り繕うこともできます。
しかし、自分で感じて自分で考えて、自分で選択することの大切さを学ぶためには、
「人として」の基礎を育むこの時期に、大人の都合に合わせた型にはまることの無い経験が、
私はとても大切であると思います。。
私は、「音を楽しむ」ことを、ぜひもっと体験してほしいと思っています。
千葉敬愛短期大学非常勤講師
鈴木佑未子